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2016年4月30日

2016年4月30日 (土)

頭と身体・芝居のことメモ

昔大好きだった「エアマスター」という格闘漫画で目の前に理想の自分の像があって、でも実際の自分はその理想の像より少し遅く、戦闘の中でどんどんその像に近付いていく、という描写があったけど、芝居もそういうの、ある。
 
台本を読んで頭の中ではちゃんと台詞言えてる(正確には言えているのではなく読めているだけなんだけど)のにいざ声に出すと口がまったくついてこない、みたいな。
 
何度も練習したり、台詞を身体に落とし込んでいくとだんだん、頭の中で言えたのに近く体現できるようになってくる。
 
未だにそんなことがあって、なんで38にもなってまだこんなとこでモタモタしてるんだろう、と絶望的になることがあります。
 
自分の悩んだり試みたり追求していきたいのはこんな次元のことじゃないのに、みたいな気持ち。
 
でもきっと頭と身体の芝居の進みの速さが違うのかもしれない、という風に最近思っています。
 
頭が芝居上手くなっていくのと、身体が芝居上手くなっていくのは、進みが違うんだと思います。
 
僕の身体が、頭ほど先に進めてないんです。
たぶん。
 
僕のすごいと思う俳優さんは皆、身体がしなやかです。剣の達人がゆらりと立って構えるように、どこからでも刺せる、という居住まいがあります。
 
うまく表現できませんが、舞台に立っている姿に無理がないんです。
 
そういう身体を手にいれなくては、到底あの域にはいけないんだと、理解しています。
 
それを観て、そうだと理解できる頭はあるのに、それを体現できないもどかしさ。
 
悔しいです。 
 
こういうことを言うとまたシゲさん(山口森広)に、
 
「しゅんぺいさんにはしゅんぺいさんのいいところがある。そのままでいいんです。」
 
なんて言われてなんとなく
 
「そうですかねぇ」
 
なんて答えてしまうんだけど、いや、やはり僕はうまくなりたいんですよ、少しでも。
 
それは一緒に芝居をしてるシゲさんのためにも。
一緒に芝居をした時に、もっと面白い空気を生み出せるようになりたいんです。
 
それでシゲさんの面白さをもっと引き出したい。
 
あ、別にシゲさんじゃなくてもいいんですけど。
 
それは技術を得たい、ということではなく、ただ、より舞台上でスリリングな感覚を味わいたいから、なんです。
 
そういう立ち方ができたら本当により芝居が楽しいだろうということが、自分を認めてあげられるであろうことが分かっていながら、それを目指さないのは、やはりなにか間違っていると思うんです。
 
でも、身体が芝居上手くなるのは本当にノロい、、びっくりするほど、なかなか上達しません。でも努力しなかったらまったく上達しない、、
 
私は自分の身体のことをもっともっと知らなくてはいけないなぁ、と痛感しています。
 

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