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2015年7月20日

2015年7月20日 (月)

探している戯曲

海の日ですね。

去年の夏はタカハ劇団の「帰還の虹」という作品で赤紙が来て徴兵される青年の役をやったこともあり、坊主頭で真っ黒に日焼けしていました。
 
あんな日焼けすることは、今後の人生、そういうバックボーンの役が来ない限りはなかなか機会がないことなので今思えば貴重でした。
今はなるべくどんな役が来てもいいように日焼けはしないように気を付けています。
 
人間というのは不思議なもので、衣装や髪型など、外見を変えて何日か過ごすだけで、気持ちも変わるところがあって、「自分の見た目に自分で騙される」みたいな感じで違う感覚を手に入れることができることがあります。
役を演じる際も外見を変えるだけで、役の持つ人間性や感覚に触れやすくなったりします。外見のアプローチはそれだけではもちろんダメですが、新しい感覚を得るツールになることがあります。
例えばその役がメガネをかけていたとして、単純に、自分は普段かけないようなメガネを2〜3日かけて過ごすだけで、メガネが汗でズレる感覚や、メガネが曇って視界が悪くなる感覚、横になった時のメガネの億劫さ、起きてメガネをどこに置いたか忘れているあの感覚など、色々な感覚を手に入れることができます。
それが実際演じるシーンに関係がないようなシーンでも、その感覚を知ってそのメガネを扱えるか否かで役の深みが変わってくると思います。
そういう小さい感覚の集合体が役の身体を作っていると考えると外見を司るメガネ一つとっても重要だな、と思うのです。
 
なので、映像の現場で持ち道具さんが用意してくれるメガネや腕時計やペンの一つ一つを感覚を引き出すためのツールとして大事に扱わなくてはと感じています。
 
この役はこのメガネを選んだのはなんでだろう?
この腕時計をどこで買ったのか?
このペンはどういう所が気に入って使っているペンなのか?
 
そういうことが想像できて、役の身体を作るのに利用できたら、といつも思っています。
そう、なかなか思うようにはいきませんが。
きっとそういう想像がたくさんできる俳優というのは人間が好きで興味を持っている人なんだろうな、と思っています。
 
今日はずっと観たかった「グランド・ブタペスト・ホテル」と中島哲也監督の「渇き」を観ました。
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質は違いますが、2本とも非常に面白かったです!
感想はまた機会がありましたら。
作品に内在しているエネルギーの刺激の強さに今打ちひしがれています。
 
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自分撮り忘れたので今日も舞台写真から1枚。
私がメガネをかけた「ゼブラ」での舞台写真です。
 
※タイトルに「探している戯曲」と書いてそのことをまったく書いていませんでした。実は韓国映画「殺人の追憶」の原作戯曲「会いにきて」に興味を持って探しています。読んでみたいのです。できれば翻訳されたものを読んでみたいのですが、それがなければ韓国語のものでもいいので読んでみたいと思っています。その場合はハングル勉強しなきゃですが、、
 

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