« 2009年10月10日 | トップページ | 2009年10月14日 »

2009年10月12日

2009年10月12日 (月)

誠実さとは

何か、と考える。

[※誠実…真面目で正直な様。真心を込めて相手のことを考えながら事にあたる様。]

例えば芝居を観て、

「どうだった?」(この質問が怖い!!)

と聞かれ、自分の感じたままを言うとこの人は酷く傷付くかもしれない状況でも、その人のことを考え、ちゃんと思ったまま伝えられるか。

どう言えば、ちゃんとどこがどうつまらないと感じたか、しっかり的確に相手に伝えること、それによって相手の糧となるような、

そういうことが出来るか。

そういうことをに悩む時、誠実さについて考える。

友達ならいい。

信頼関係があるからどんな酷な批評をしようが、関係が崩れることがないことを知っている。

誠実に批評することでお互いのためになることを知っている。

だから信頼している相手には嘘なく誠実に接せられる。

問題は先輩や後輩の芝居だ。

友達と呼ぶには遠い関係性の相手に(しかし劇団公演とかでお世話になっている人とかに)「どうだった?」と聞かれるのが本当に怖い。

大抵コトバは内に全部ある。

でもそれを吐くことで色々面倒なことになりやしないか、と想像すると、誠実さはどんどん僕の中から失われていく。

お客である以上、作品に対して誠実でなきゃいけない、と思う。

お金を払った以上、その作品に関わるわけだし、真正面から相対して向き合うべきである。

しがらみがあるから、とか怖い先輩だから、と嘘をついて適当に立ち振る舞うことが誠実なわけがない。

だが僕はヘラヘラすることがある。

ヘラヘラしてやり過ごすことがある。

「いやぁ、よかったですよ、不思議な魅力ですね。」

とか平気で言いやがる時がある。

そしてバイト先で、家で、自己嫌悪に襲われる。
死にたくなる。

色々誠実でありたい。

誠実でなきゃ人からは信頼されない。

信頼される、ということは

嫌われるリスクを負う、

ということだ。

| | コメント (4)

ある友人について

とても長い記事を書いたのですが、読み返してみたら

「コレ投稿しちゃだめだろ」

ってことに気が付きました。

その友人は一般的な人に比べるとかなり常識はずれな精神を持っていて興味深いのです。

僕にはその人が凄く面白い存在なのですが、

この僕が言う「面白さ」は一般的な面白いとはまるで違うもので、

笑える類のものではなく、

ちょっとこじつけかもしれませんが例えば僕が芝居を観ていて

「この役面白いな(道化的で笑えるという意味ではなく)。でも身近にいたらヤだな。」

っていう感じに近いかもしれません。

だから僕はその友人(彼には友人がいないと思うので僕を友人とは思っていないでしょうが)を身近ながら芝居を観てる感じで面白がれるけど、≪つまり会話としては不快感を感じながら同時に客観的な目線で僕とその友人のやり取りを見て面白がれるけど、≫

一般的には受け入れがたい存在なのではないか、ということが記事を読み返して感じてしまったのです。

事実読んでて不快になりました。

そういうことを「面白い」と感じて楽しめていることを記述する自分も含め。

  

でも言い訳のように聞こえるかもしれませんが、

そういったちょっと一般的な常識から浮いてしまってる異常性を持った人を見ると観察欲みたいのが湧いてワクワクしてしまうのは、役者をやっているからかもしれません。

そういう人からの方が人間の本質が見えやすい、と思っているところがあるんです。

| | コメント (2)

« 2009年10月10日 | トップページ | 2009年10月14日 »