« 2009年1月31日 | トップページ | 2009年2月5日 »

2009年2月3日

2009年2月 3日 (火)

シアタートラム ネクスト・ジェネレーションvol.1 『片手の鳴る音』『四色の色鉛筆があれば』『エビビモ』

Fly_090117_tramnext_m_pm_img_2 

   

   

    

   

   

   

    

   

   

  

  

先週観た芝居3本。

トラムに3回。 

トラムに行くこと自体結構珍しいのでこの約1週間は楽しかったです。

こういう試み来年もやるらしいので注目していきたいですね。

てか出たいです。

出れるもんなら。

あ、でも。

「ネクスト・ジェネレーション」だからダメかな。

もう若くないし・・・。

いや、ギリギリ大丈夫なんじゃないかな?

応募してみませんか、座長?

ダメですか。 

  

ちなみに「ネクスト・ジェネレーション」とは・・・↓。

※世田谷パブリックシアターは、若い才能の発掘の育成の場として『ネクスト・ジェネレーション vol.1』を開催する。公募により選考された「サスペンデッズ」、「toi」、「エビビモpro.」の3劇団が参加。シアタートラムで上演される。

「サスペンデッズ」は2005年に旗揚げされた劇団。現在までに5作品を上演している。2008年に新国立劇場で行われた若手劇作家の連続上演「シリーズ・同時代」で、作・演出の早船聡が「鳥瞰図」を書き下ろし高い評価を得た劇団だ。

「toi」は2006年にInnocentSpherより派生した劇団内レーベル。若手劇作家・演出家の柴幸男を作・演出に据え、年に一度のペースで公演を行っている。

「エビビモpro.」は「とにかく動いて叫んで踊って歌う」をモットーとした20代前半によるプロデュース集団。2007年11月に旗揚げされたばかりの劇団だ。

世田谷パブリックシアターの選考を経たこの劇団、2009年に注目すべき劇団として間違いはないだろう。三劇団セット券は6000円、この機会に新しい才能に出会ってみてはいかがだろうか。

  

というようなふれこみの試み。

それぞれの団体に知り合いがいるので普通に予約して3本観てしまったが、セット券があったのかよ・・。悔やまれる。

  

1本目のサスペンデッズの『片手の鳴る音』は神楽坂die pratzeでの初演を観ていたのでこれが2回目。

驚いたのが舞台美術。

die pratzeとトラムじゃ全然箱の大きさが違うのに(die pratzeの5~6倍?)芝居の印象はまったく変わらなかった。

die pratzeの時舞台だった床屋の内部を中心に外側に母屋の軒先と2階が加わって、店の外に抽象的な船の帆のようなセット。

これだけで空間がちゃんと埋まってバランスが取れていた。

トラムじゃ小劇場の日常芝居は出来ないんじゃないかと思っていたけどこれは考えを改めさせられた。

それになによりいい芝居だった。

初演を観た当時より今の方がもう少しこの芝居の中で起きる事象を敏感に感じられている気がした。

湘南、海辺の床屋。

父の跡を継ぎ理髪師として働く弟。

母親の思い出がないことに苦しむ弟と、母親の思い出のせいで苦しむ姉。

この2人の関係が日常の会話の積み重ねから少しずつ浮き上がってきて分かり合えない痛みが切なくなります。

姉と弟。嫁と夫。幼馴染。

大人になって歳と取るごとに近しい間柄には言えないコトバや伝えられない気持ちが溜まっていって、それらは何でもない日常の中に埋もれていく。

それは触れようとしなければ何も起こらないのだけれども、

触れなければ生きて先には進めない生き物でもあって。

自分の傷を広げてでも「前に」進もうと、「寄り添おう」とする人物達にジンと胸を衝かれる想いがしました。

佐藤銀平さん・佐野陽一さん・伊藤総さん・白州本樹さん、

サスペンデッズは役者が素敵な人が揃ってる。

   

2本目のtoiの『四色の色鉛筆があれば』は初見。

「toi」は・・・↓。

※2006年 InnocentSphere(イノセントスフィア)より派生した、作・演出の柴幸男、女優の黒川深雪、プロデュースの宮永琢生のユニット。「どんな複雑な地図も、四色の色鉛筆があれば必ず塗り分けられる。どんな複雑な世界も、四本の短編で描き出すことができる。現在と過去を材料としながら新しい未来を発明する、四つの視点」。

という。

公演は4本の短編。  

・すべての道は私に通じる「あゆみ」
・知識はつながり遥か彼方へ旅に出る「ハイパーリンくん」
・記憶が生まれて消える瞬間「純粋記憶再生装置」
・一人で演じる四人姉妹の朝食風景「反復かつ連続」
過去と未来を材料に新しい現在を発明する四つの視点。
  

これは。

スゴイ体験だった。

芝居を観て、これだけ芝居を観まくっていて、

まだ、

こういう驚きと感動と演劇の新たな表現に出会えることに感謝。

「あゆみ」には中島佳子さんが出演(中島さん去年から超売れっ子だな・・)。

3人の役者で2人の少女の変遷を辿る、記憶と会話の解体。

解体された会話からは部分的なパーツ(記憶)しか得られないものの、その積み重ねは2人の少女の記憶の中枢にダイブさせる力になる。

観客は、まるで「記憶」を観ているような、

「記憶」の集まりである「人格」そのものを観ているような気分に。

「遠くへ」行きたいと願う少女あゆみと、「あゆみになりたい」と願う少女。

小学校の時、僕は男だが、まったく同じような感覚を持っていた。

友達に対する憧れ、盲目的な依存。

その自分の記憶を見せられているかのような錯覚。

心をアイスピックでスッっと突かれたようになって動けなかった。

こういうリアリティの提示があって、

それが人間の心に侵入するのに効果的であるということに驚いた。

これは確実に演劇にしか出来ない手法。

この魅力は「そこ」ででしか手に入らない。

作・演出の柴幸男さんという方は僕より歳下だって。

スゴイなぁ。

そういやシアターガイドにインタビュー載ってたな。

  

「純粋記憶再生装置」は男女恋人の別れからお互いのある記憶へ向かって「想い」を辿る

会話と記憶の解体。

これも面白かった(これも自分のことみたいで心が苦しかったが)。

手法もさることながら、こういうものを何のいやらしさ(作為的ななにか)も感じさせずに表現できることに驚き。しかも新鮮ささえある。

  

「反復かつ連続」は知り合いの内山ちひろ(インパラプレパラート)さんの1人芝居。

1人芝居といってもただの1人芝居ではなく、

ある決まった時間軸の中の、朝の家族の朝食の風景を、

四女、三女、次女、長女、母、お婆ちゃんと順に演じていって、

その都度前に演じた自分の役達の声が録音されたものが音響から足されて流れてくる。

最後には誰もいない舞台上に全員分の声だけが残り、それが見事な朝食の会話、風景となっている、という作品。

観客は誰もいない舞台上に役者のそれぞれ演じた役の軌跡(記憶)を見て、その重なった軌跡の層に「家族」と「自分の家族の記憶」を観る。

誰の記憶でもなく、しかし誰の記憶の中にもある「家族の風景」。

スゴイ。

この自分の録音された声達と共演していくという内山ちひろさんの技術の凄さもさることながら、観客が観ているのは「創造されたイメージ」なんだということを分からせてくれる作品の面白さ。

まさにネクスト・ジェネレーション(笑)。

才能の塊。

そうそう観劇後に色んな人に。

中島愛子ちゃん。鳥越勇作くん。乞局の岩本えりさん、西尾佳織さん、サスペンデッズの佐野陽一さん・・。

で。

B45cfb90   

   

   

   

   

   

   

   

   

  

  

写真は「鳥越勇作ブログ」から拝借したもの。

左から内山ちひろさん、中島佳子さん、中島愛子さん、ワタシ。

鳥越くん勝手に貰ってご免。

今度何かおごるよ。

   

3本目は『エビビモ』。

我がONEOR8を輩出した舞台芸術学院の後輩(僕は出身じゃないので関係ないんですが)達が多く出演しているハチャメチャミュージカル。

若い・・・。

ただ、ひたすらに、若い。

エネルギー無駄使い。

前は小さな劇場での公演だったと聞きました。

これを小さなとこでやってたっていうのは驚き。

小劇場でこの人数出てきたらたまげるだろうなぁ。

これには椿組の野外公演でお世話になった宮本翔太くんが出演。

有り余るパワー・・・。

少し分けて欲しいもんだ。

この若さとエネルギーがあれば、

きっとこれからもなんだってできる気がする。

  

  

あ。

そういや、この日もたまたま観劇に来ていた鳥越くんに会ったんだったな。

三軒茶屋でメシ食いながら『ぼくらの10巻』についてやら『宮本から君へ』についてやら、ペ・ドゥナについてとか演劇界あれこれについてとうとうと語り合ったのでした。

| | コメント (2)

« 2009年1月31日 | トップページ | 2009年2月5日 »