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2006年9月5日

2006年9月 5日 (火)

都会の夏、蝉の夏

今、近所のせせらぎの里という公園で本を読んでます。

何匹かまだ、夏の終わりを惜しむように蝉が泣いています。

    

突然ですが僕は、都会の蝉の鳴き声を聞くと不意に感傷的な気持ちになってしまうことがあります。

というのも、これは毎年なのですが、ふと、

「このアスファルトの下には、いざ出て来ようとして結局力つき、命を失った蝉の幼虫達がまるで満員電車の扉に押し付けられたサラリーマンのように何万匹とへばりついているんであろう図。」

を想像してしまうからです。

だってそうでしょ?

これだけ地面が硬くっちゃどうしようもない。

地球始まって以来の硬さじゃなかろうか。

土の出ている場所まで迂回するにも相当な苦労でしょう・。

7年も心待ちにした羽ばたける未来は、異生物の「車が走りやすいから」という理由により脆くも潰えるのです。

そうした、下積みが報われず表舞台に立つチャンスさえ奪われて消えていった彼らの最期のもがきがアスファルトと一体化している・。

そうして考えると東京に蝉が少なくなったのもうなづけます。

と同時に今鳴いている、少ない土を見つけ新たな世界を得た蝉達の子孫は本当にラッキーです。そしてそういうドラマを抱えた生命は、強い。

    

高度経済成長を過ぎ、利便性を追い求める時代は終わりました(のか?)。

蝉達に土を、また僕らの子孫にも土の恩恵を返してはくれまいか。

だがきっと、今の人間様にこのアスファルトを剥がし、自分達が犯した何万(いや何十万?)の生命の略奪を受け入れられる心の器はない気がするなぁ。

    

例えば、無菌状態を気取る都会美人が悠々とアスファルトを歩いているとする。

彼女の姿はモダンで美しく写るだろう。

だが彼女は知るべきだ。

その足元は、志し半ばで潰えた無数の死体が支えていることを。

そして彼女には、それを知ってなお、そこに立ち続ける力が必要だ。

それでこそ業深き人間の生き方と言えるんではないだろうか。

なんて。

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週間ココログガイド

というのに紹介していただきました。

週間ココログガイド

http://guide.cocolog-nifty.com/guide/

なんだかちょっと恥ずかしいですが、これを気に不特定多数の閲覧者の方にも楽しく読めるブログにしたいと思っています。

もちっと読める文章書く勉強もしなきゃねぇ。

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