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2006年9月4日

2006年9月 4日 (月)

『カンガルー・ノート』

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安部公房著。

読了。

どうも高校時代に1度読んだらしいのだが読み返すとさっぱり覚えていなかった。

脛にかいわれ大根が生えた男が自走式のベッドに乗って坑道や河原、排水用トンネルや病院を旅する白昼夢のようなファンダジ。

    

作品に流れる雰囲気はどんよりと重く、常に死と腐乱の臭いがし、主人公にかかる事象も不条理で不幸極まりないが、なんだか展開は無茶苦茶で不条理ギャグ漫画のようでもあり、渇いた笑いを生む箇所あり。

特に主人公の所々に見せる妙な生と性への執着が哀れでおかしく、また粗末な服装でベッドに乗りかいわれ大根を隠しながら走るその姿を想像すると、どこか情けなくて笑いがこみあげてくる。

会話も支離滅裂で理解不能な箇所あり、稚拙な読者としてはもはや笑いで解決させるしかない、といった感じ。これで正解なのかしら。

物語が死に向かってゆっくりと走っていることは主人公の見る夢のような現象から想像できるが、どうも。うーん。

生と死の境目を見せるにも、着地点への流れが緩やかすぎて退屈になるトコも。

その無意識的な感覚や状況の変化に酔えなかったです、どうも。

それか僕のそもそもの解釈が間違っているのか・。

    

この作品、安部公房が死ぬ間際のものということでそれを想像させる、という意味では凄い。

死に侵食されおおいつくされていく身体や心の動きを特別なものとしてでなく、ごく身近なものとして捉えている感じがある。

そういう中での人間の性への衝動を生々しく感じた作品でもありました。

でもちょっと描写が生々しく、気持ち悪くなっちゃいました。

この、こみあげるものは胃液ではなく血ヘドかも、そんな作品。

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いい役者

っていうのは、「いい仕事をする役者」のことでしょうか?

それとも「いい芝居をする役者」のことでしょうか?

例えばです。

例えばのハナシですが、

「常につまらない類型的な芝居をする売れっ子の役者」と

「予想もつかない創造的で新鮮な芝居をする売れない役者」と、どっちがいい役者ですか、みたいなことを言ってみるとする。します。

すると大抵の人はどちらとも答えずこう言うでしょう、「前者のような役者はいずれ消える、後者のような役者なら売れているはず。よってその質問は成りたたない。」という風に。

「あぁ、そうだね。いっけね、うっかりうっかり。」

そんな問答が繰り返されれば世の中は平和なわけだけど。

    

なのに僕は後者のような役者を何人も知っている。どういうことでしょう?

日本はギリギリ平和を保っているはずなのに。

どうしてなんでしょう。

僕の価値基準が狂っているのだろうか?

もしや5感に障害があって外界の情報が上手く脳に伝達されないのだろうか?

感受性がないのか?

フム・。

    

誰か僕に、「この世の価値観」たるものを教えてください。

僕の価値観とどれだけズレているのか知らしめてください。

どうにも僕はコドモだもんでこの世界を認識するための眼を失っているやうナノデス。

  

とりあえず、野菜を多くとってみようか。

小魚も。

ベータカロチンとカルシウムの不足が原因の1つデアル、とは誰も否定も肯定もできないのだ。

賛成の反対の反対なーのだ。

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『満点父さんの日曜大工入門』

『満点父さんの日曜大工入門』

読了。

僕は演劇に関わってるわりにたたきやしこみに弱いのでちょっと勉強しようかと思って図書館で読みました。

あんまり参考になりませんでしたが「2×4(ツーバイフォー)」の意味がやっと分かりました。

ガチもっと使えるようになんなきゃなぁ〜。

棚の一つでも作ってみようかしら。

置く場所ないけど。

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